栃木市はなぜぶどう狩りで知られるようになったのか|産地の由来を調べてみた
2026-08-20
栃木市のぶどう団地は、幕末の志士が始めたと言われています
🍇 現地で使える話のタネ:「栃木市のぶどう団地って、実は幕末の志士が始めたんだって」
栃木県栃木市の大平町西山田・下皆川エリアには、なんと23園ものぶどう狩り観光農園が密集しています。これは当サイトが把握している全クラスターの中でも最大規模。この一帯は「大平町ぶどう団地」と呼ばれています[4][5]。
ルーツは、明治期の元志士
下野新聞デジタルによると、大平町富田の「盤峰園」は、幕末の志士だった松本暢さんが開いた農園を、息子の松本駿一さんが引き継ぎ、ぶどう苗を輸入して育てたのが大平のぶどう栽培のルーツとされています[1]。1946年には親族を中心とした農家5戸による生産組合が発足しました[1]。
※写真はイメージです / Photo: Alexander Van Steenberge on Unsplash
団地として完成したのは、1973年
1971年、圃場整備事業に着工。1973年(昭和48年)に整備が完成し、正式に「大平町ぶどう団地」が誕生しました[1][2]。以降、2013年の40周年時点でJAしもつけ「大平町ぶどう組合」に67戸(約63ha)が加入するまでに成長しています[2]。
「土で味が変わる」というこだわり
団地内の杉田ぶどう園では、牛ふん・鶏ふんに米ぬか・骨粉・魚粉を混ぜた独自の肥料で土づくりをしていて、「土で味が変わる」という哲学を掲げています。2haの畑で20種類ものぶどうを育てているそうです[3]。1つの品種に絞らず、これだけ多くの品種を並べて育てているのも、この産地ならではの見どころです。
「北関東最大級」という紹介もよく見かけますが、他産地との比較データまでは見つかりませんでした。それでも23園がひしめく西山田・下皆川エリアは、規模の大きさを実感できる場所であるのは間違いなさそうです。
※写真はイメージです / Photo: Annie Lang on Unsplash
家族に、こんな話をしてあげられます
栃木市でぶどう狩りをするとき、こんな話をしてあげられます。
「栃木市のぶどう団地って、実は幕末の志士が始めたんだって」
「1つの農園で20種類もぶどうを育てているところもあるんだって」という話も、食べ比べの楽しみが増しそうです。
参考・出典
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FAQ
Q. 栃木市大平町のぶどう栽培は、いつ、誰が始めたのですか?
明治期に、幕末の志士だった松本暢さんが開いた農園(現在の盤峰園)を息子の松本駿一さんが引き継ぎ、ぶどう苗を輸入して育てたのが始まりとされています。1946年に親族を中心とした生産組合が発足し、1973年の圃場整備事業で正式に「大平町ぶどう団地」として完成しました。
Q. 大平ぶどう団地には観光農園が何軒くらいありますか?
時期によって数字に幅がありますが、2019年の栃木市公式サイトでは「60軒以上」、2022年のJAしもつけ組合員は58名と報告されています。中でも西山田・下皆川エリアだけで23園が営業する、団地の中心地です。
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