横浜市はなぜいちご狩り農園が集まる街になったのか|産地の由来を調べてみた
2026-08-16
横浜市は都市化が進んだ街ですが、農地を守る仕組みが先にありました
🍓 現地で使える話のタネ:「横浜って畑のイメージないかもしれないけど、昔からの都市計画で農地が守られてきたエリアがあって、そこにいちご農園が集まってるんだって」
「横浜市でいちご狩り」と聞くと意外に思う方もいるかもしれませんが、市内には泉区・戸塚区・旭区を中心に観光いちご園が集まっています。その背景には、行政による都市計画上の"線引き"の歴史があります。
横浜市の農地は、令和2年時点で市域の約7%(2,850ha)。昭和40年(1965年)の10,881haから大幅に減少しています[1]。それでも農地が残り、いちご狩り農園が集まっているのには理由がありました。
泉区・戸塚区は、横浜で一番畑が広いエリア
横浜市の公式資料は「畑は瀬谷区から泉区西部に広がる相模野台地の平坦面と、横浜南部丘陵の緩傾斜地を造成した部分にあります」と説明しています[1]。昭和45年度(1970年)、都市計画法に基づき市街化区域と市街化調整区域の線引きが行われたことが、農地保全のはじまりです。
タウンニュース泉区版(2023年)によると、泉区は横浜市18区の中で耕作地面積が最も広く、市街化調整区域の比率も約46.4%と区内トップ。戸塚区も約34.6%を市街化調整区域が占めています[2]。都市計画によって農地が残ってきたこの2区に、いちご農園が集まっているというわけです。
※写真はイメージです / Photo: Shiva Mardahi on Unsplash
観光農園としての歴史は、実はそれほど古くありません
横浜市は平成5年度(1993年)に「栽培収穫体験ファーム制度」を創設し、市民が農作物を収穫体験できる仕組みを整えてきました[1]。これが、いちご狩りを含む収穫体験農園の土台になったとみられます。
面白いのは、個々のいちご観光農園そのものは、それよりずっと後に生まれたケースが目立つこと。泉区のゆめが丘農園は、園主さんが2010年にトマト中心の経営からいちご栽培へ転換してスタート。旭区の新川農園は2022年に本格的ないちご狩りを始めています(いずれも農園自身の発信による情報です)。都市計画という大きな土台の上に、2010年代以降、農家さんたちの新しい挑戦が次々と重なって今の姿になった、というわけですね。
※写真はイメージです / Photo: Hailey Tong on Unsplash
「浜なし」に続く、横浜の新しい果物に?
横浜市には「浜なし」という、JA横浜が平成27年(2015年)に商標登録したなしのブランドがあります[4]。ほとんど市場に出荷せず直売する、というスタイルは、いちごにも通じるところがあります。まだ「浜いちご」のような統一ブランドはないようですが、これから生まれるかもしれませんね。
家族に、こんな話をしてあげられます
横浜市でいちご狩りをするとき、こんな話をしてあげられます。
「横浜って畑のイメージないかもしれないけど、昔からの都市計画で農地が守られてきたエリアがあって、そこにいちご農園が集まってるんだって」
しかも多くの農園は、ここ10〜15年くらいで新しく始まったところが多いという話も、意外性があって会話が弾みそうですね。
横浜市でいちご狩りを楽しむなら
横浜市内の観光いちご園をまとめてチェックしたい方は、横浜市のいちご狩り農園一覧から探せます。
参考・出典
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FAQ
Q. 横浜市のいちご狩りはいつ頃から盛んになったのですか?
制度的な土台は1993年度に横浜市が創設した「栽培収穫体験ファーム制度」にさかのぼりますが、個々のいちご観光農園の多くは2010年代以降に開園・転換した比較的新しい動きです。例えばゆめが丘農園(泉区)は2010年にトマト中心からいちご栽培へ転換してスタートしています。
Q. なぜ横浜市の中でも泉区・戸塚区・旭区にいちご農園が集まっているのですか?
タウンニュース泉区版の報道によると、泉区は横浜市18区の中で耕作地面積が最も広く、市街化調整区域の比率も約46%と市内トップです。戸塚区も約35%を市街化調整区域が占めています。都市計画上、農地が比較的残ってきた地域であることが背景にあると考えられます。
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